もっとも近くて、もっとも遠い国――北朝鮮。去る2月13日にマレーシアで暗殺された金正男が、まだ後継者の第一候補として名前が挙がっていた2009年。ウーゴ・鷲金と名乗る素性の知れない男(リサイクル業者を名乗っていたが、果たして?)から編集部に売り込みがあった。

 

「詳しいルートを明かすことはできませんが、北朝鮮に行ってきました。金正日と同じ席でマスゲームを観て写真を撮ってきたので、記事になりませんか? 軍事境界線の兵士の取材もできましたから、貴重だと思いますよ」

 

出された写真を見て驚いた。撮影が固く禁じられている地下鉄や一般市民の姿まで写されている。当時は、後継者争いやミサイル問題で連日のようにニュースを賑わせていたタイミング。週プレは即座に掲載を決め、ウーゴ氏のルポと合わせてカラー5ページで展開した。

 

故・金日成主席の満面の笑みが出迎えてくれる、小さな平壌の空港。荷物を待ちながら、同じ飛行機に乗ってきた2人に素性を聞くと、ひとりは北朝鮮のドキュメンタリーを撮影中のBBCのディレクターで、もうひとりはマレーシア人のFIFA役員。入国手続きを終えると同時に、帰りに空港に戻ってくるまで付きっきりだった、流暢な日本語を操るガイドが現れた。携帯とパスポート、帰りのエアチケットを預かり取られ、それはよく考えれば緩い拘束状態。

 

ウーゴ氏が来朝した数日後には、18年ぶりとなる中国首相・温家宝と金正日の歴史的会談が予定されていた。ウーゴ氏は特別なルートからチケットを手に入れ、なんと首相様と将軍様が並んで観覧したという超特等席でマスゲームを目撃した。

 

 

まずガイドさんに案内されたのが、大マスゲーム・芸術公演「アリラン」。会場は、1995年に伝説のアントニオ猪木VSリック・フレア戦が行われ、19万人の観客を収容してリック・フレアに「レスラー人生最大の観客数」と言わしめたメーデー・スタジアム。(中略)招待される世界のVIP達と同じ席から見えたのは、すべてが自分のためと錯覚を起こすような光景で、一国の主の気持ちを疑似体験。1時間半で1席4万8千円の値段も、総書記とリアルに同じ視界を共有したと考えれば、高くない。

 

マスゲームを観覧した後、ウーゴ氏は韓国との軍事境界線、通称”38度線”に移動。通常なら話しかけることはもちろん、写真撮影も禁止されている兵士に接触した。兵士は語る。

 

「民族統一は近いうちに実現すると信じています。大国の定義は、決して面積、経済力によることではない。ここまで自国の指導者の下に党が団結している国はなく、その結束は核爆弾でも壊せません。私達は自主復権が大事な民族であり、それを理解していただきたい。日本はアメリカの核の傘がなければ、あれだけの経済発展は有り得なかったでしょう?」

 

何気ない会話にも緊張感が漂う。それは、ガイドとのやり取りでも常に感じていたという。

 

壬辰倭乱で朝鮮を攻撃した豊臣秀吉から始まり、あらゆる局面で北朝鮮の反日、抗日の歴史を聞かされた。観光地ごとにいる現地ガイドの方々には笑顔で「日本人なのに邪悪な感じがしないですね」と、褒め言葉にもならない言葉をかけられた。(中略)。時代と価値観のよじれた、驚きの絶えないワンダーランドは今、核開発や総書記の健康・後継者問題を抱え、それこそなくなってしまう可能性をも孕んでいる。

 

この記事が掲載された2年後、2011年末に金正日が死去。金正恩が将軍の座に就き、3代にわたっての独裁政権が今なお続いている。ウーゴ氏は記事で何度も、国そのものがなくなってしまう可能性に言及した。現地で生の情報に触れ、体感的にそう思わざるを得なかったからだろう。

 

金正男暗殺の真相も闇に葬られようとし、日本海沖にミサイルが着弾する昨今。遠くて近い隣国は果たして、どんな行く末をたどるのだろうか?

 

*2009年11月30日号

 

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