彼女と週プレの付き合いは、かれこれ20年以上になる。

主演したドラマ『家なき子』(1994年)が社会現象化した前年、「安達祐実のランドセル人生相談」(1993年7月20日号)と題した記事が展開された。天才子役として映画『REX・恐竜物語』に主演した頃。ランドセルを背負い、一輪車に乗って笑う少女は後に、17歳と20歳、そして芸能生活30周年となる32歳のタイミングで週プレから写真集を発売した。

「人生の節目節目に週プレがあった。感謝しています」。

そう語る彼女の気持ちと同じくらい、週プレも安達祐実という女優の成長を間近で感じ、喜び、感謝を込めて写真集を作らせていただいた。50年の歴史の中でも特別の関係にある女優。今改めて、両者が歩んできた軌跡をふり返ってもらった。

 

撮られることで、自分自身になった

グラビアは初めて、自分が自分でいられた場所でした。17歳になるかならないかのタイミングで、初めて週プレさんとお仕事させていただいた際に、写真家さんに言われた言葉は今でも強く記憶に残っています。

「いいコじゃなくてもいいから。無理に笑わないでいいからね」

物心つく前から芸能界で仕事をさせていただいていて、人が作った”安達祐実”という存在を守り続けなきゃいけない意識が強くあった時期。逆に、それに違和感を覚える矛盾した気持ちもどこかにありました。思春期に入って気持ちが揺れ動いていたあの頃、この言葉にどれほど救われたか。撮影には親も同行するのが当たり前でしたけど、この撮影をきっかけに距離感が変わった気がします。もう親のものじゃないって。

20歳の写真集も印象深いですね。制作にイチから関わることができて、誰に撮ってもらうとか、どの写真を使うとか、編集の方と相談しながら作らせていただきました。女性としてそれなりの経験を積んで、これまで縛りつけられていたものが少しずつ解れていた頃だったから、ちょっと尖っていた部分もあったのかもしれません。17歳と違って、「だって、笑いたくないんだもん」と言えちゃう自分がいました。この頃の写真を見ると生意気な顔して……懐かしいですね。

3年前、芸能生活30周年という節目で、何かやりたいと考えると、やっぱり写真で表現したかった。17歳と20歳。自分のなかでのターニングポイントにはいつもグラビアが、写真があったから。なかなか普段のお仕事では見せることができない、一年一年、年を重ねてきたありのままを見せたいと願いました。

最初はコンセプトを立ててファッション的な撮影をしたり、メイクを変えたり。アプローチを変えていろいろ撮ってみましたけど、人の手を借りないと現場を作るのが難しくなってきて。だから、割と早い段階で写真家さんとふたりで身軽に撮れるドキュメント的というか、ナチュラルなものに絞られました。私、このときの経験から、撮られることによって、撮られた写真によって人を信じる力を教えられたんです。撮られることで自分自身になっていく。それを出来上がった写真で再確認することもできました。

週プレさんとのお仕事をふり返ると、人生の大きな節目を共にさせていただいた実感があります。こんなこというと大げさだと思われるかもしれませんが、本当に命を救われました。あのとき、あの写真がなかったら……ジェットコースター人生ですからね。何かない限り(笑)、これからもずっと撮られていきたいです。

(左から)1998年2月17日号、2001年9月25日号、2013年9月16日号
(左から)1998年2月17日号、2001年9月25日号、2013年9月16日号

安達祐実 Adachi Yumi
1981年生まれ 東京都出身 1984年デビュー。『家なき子』『ガラスの仮面』など子役の頃より数々の話題作に出演。現在、2児の母。公式ブログ【http://ameblo.jp/adachi-yumi/

 

安達祐実さんのインタビューが掲載されている【週刊プレイボーイ創刊50周年記念出版『熱狂』が発売中! 定価 本体1800円+税(集英社)